生活道路の安全守るクルドサック
2026年2月、警察庁交通局から「令和7年における交通事故の発生状況等について」が発表された。その中の「状態別死者数の推移(全年齢)」を見ると、2025年の交通事故死者数2547人のうち、「歩行中」が890人と最も多く、全体の34.9%を占めていた。65歳以上に限っても、「歩行中」が43.7%(622人)と最も多い結果となった。
【画像】「ここ本当に海老名SA?」 1963年の姿がスゴい! 今とはまるで違う風景を一挙公開(全10枚)
歩行者事故による死亡や重傷は、働き手の減少や医療・介護費用の増加につながり、社会全体に大きな負担をもたらす。特に注目したいのは、75歳以上の高齢運転者による死亡事故のうち、「操作不適」が占める割合が75歳未満の約3.1倍に達している点だ。
さらに、幅員5.5m未満の生活道路では、死傷する危険が幹線道路の約1.8倍に高まる。目的地を持たず住宅地へ入り込む通過交通は、自身の移動時間を短くする一方で、事故の危険を住民に負わせている。
通過交通を物理遮断する道路構造
交通事故発生状況の推移(状態別死者数)。「令和7年における交通事故の発生状況等について」より(画像:警察庁)
一方、住宅地の道の造りに目を向けると、通過交通を抑える手法のひとつとして
「クルドサック」
がある。東京都板橋区の常盤台などにも取り入れられている形で、住宅地の奥までクルマが入れる一方、その先へは通り抜けられない造りが特徴だ。
通り抜けを目的とする車両は、移動時間を短くできる一方で、住宅地内の安全という価値を費用を負担せずに利用している。クルドサックの設置には、限られた道路を使う権利を無差別に通過する車両から居住者や必要な業務車両へ戻し、道路の使い方を整える狙いがある。
近年はETC2.0などのデータを活用し、速度超過地点や通過交通の流入経路を見えるようにすることで、対策をより科学的に進められるようになった。また、外国人運転者による事故が増えるなか、言葉に頼る道路標識よりも、見た目で直感的に速度を落とさせる物理的な構造のほうが、誰に対しても確実に働きかけられる。
では、クルドサックはなぜ歩行者の安全を高めることにつながるのだろうか。
通り抜け防止による歩行者の安全
道路(画像:写真AC)
クルドサックとは、フランス語で「袋小路」を意味し、道路の一端を行き止まりにした構造を指す。行き止まりの部分をロータリー状などにして、クルマが方向転換できるようにした形もある。
一般的な道路では、目的地へ向かうクルマだけでなく、別の道路へ抜けるための通過交通も入り込む。これに対してクルドサックは通り抜けられないため、住宅地を抜け道として使うクルマの進入を抑えやすい。
ここで重要なのは、クルマそのものを住宅地から締め出すわけではないという点だ。居住者や来訪者など、そこに用事があるクルマは入れる一方、通り過ぎるだけのクルマは入りにくい。通過交通を抑えることで、先端の転回広場をクルマに脅かされにくい遊び場や交流の場として使えるようになり、良好な地域のつながりを育む効果も生まれる。
土地を開発する側から見れば、クルマを回す広場を確保するために道路の面積が増え、販売できる宅地が減るため、短期的な開発費用は大きくなる。しかし、通過交通の侵入を防ぎ、騒音や事故の危険を抑える取り組みは、分譲地に独自の価値を持たせる。
その結果、住宅地内の交通量を抑え、歩行者とクルマが交わる機会を減らす効果が見込める。特に子どもや高齢者は、とっさの判断や素早い回避が難しく、交通事故の影響を受けやすい。クルマの通過を抑えた環境は、こうした歩行者が安心して歩ける空間づくりにつながる。
先述した東京都板橋区の常盤台は、昭和初期に小宮賢一氏によって構想された。意図的に曲げた道路やロードベイ、住宅地内のクルドサックに加え、人が歩ける「フットパス」などを組み合わせた造りが見られる。土地の利用効率が落ちるという短期的な損失に対し、安全を守ることで住宅地全体の資産価値を高め、長期的な価格の維持によって投資を回収する仕組みだ。
サービス車両負担と避難路の課題
クルドサックの仕組み(画像:三井住友トラスト不動産)
クルドサックの利点は、交通安全だけにとどまらない。通過するクルマが減れば、住宅地内を走るクルマの台数も抑えられるため、エンジン音やタイヤ音など、交通にともなう騒音を和らげられる。
また、外部から入ってくるクルマが限られることで、道路を使うクルマの動きを把握しやすくなる面もある。行き止まりの道は外部からの侵入を目立たせやすく、住民による自然な見守りも働きやすいため、防犯面でもよい影響が期待できる。
とはいえ、クルドサックを設ければ必ず防犯性や安全性が高まるわけではない。道路の幅や見通し、住宅の配置、歩行者の動線などによって環境は変わるため、道路全体の造りとして考える必要がある。
さらに、道路のつながりが断たれることには注意が必要だ。路線バスなど公共交通のルート確保に制約が生じる場合があるほか、歩行者や自転車が別の道路へ抜けられる道がなければ、移動しにくくなることも考えられる。
加えて、物流やインフラ事業などのサービス車両への負担が増すことにも目を向けなければならない。通り抜けのできない構造は、戸別配送を行う宅配便やゴミ収集車に旋回や迂回を求める。これは作業時間の増加や走行距離の伸びにつながり、事業者の運行費用を押し上げる要因となる。住環境の快適さを高める一方で、訪問する事業者の負担を増やすという問題も生じる。
この問題への対応策として、大阪府堺市北花田町の事例がある。ここでは外径半径4.9m、中央のゼブラ部分直径2.3mという具体的な寸法の回転スペースが整備された。これにより、行き止まりの安全性を保ちながら、宅配便などのサービス車両が円滑に向きを変えられる空間を確保している。
そして、造りによっては、火災や震災などの災害時に唯一の出入口が塞がれ、住民が孤立する一方向避難の危険も生じる。そのため、車両は行き止まりとする一方で、歩行者専用路やフットパスを設けるなど、歩行者や自転車が隣の道路へ抜けられる二方向の避難経路を確保しておくことも重要になる。
法規制と物理構造による安全対策
道路交通事故による交通事故発生件数、死者数、負傷者数及び重傷者数の推移。「令和8年版交通安全白書」より(画像:内閣府)
内閣府の「令和8年版交通安全白書」によると、2025年の交通事故発生件数は28万7023件、死者数は2547人、重傷者数は2万7563人となった。交通事故による死者数が減少傾向にある一方、道路環境の安全性を高める取り組みは引き続き大きな課題といえる。年間28万件を超える事故によって生じる医療費や人的損害は、社会全体に大きな費用負担をもたらしている。
こうした背景もあってか、2026年9月1日からは、中央線や車両通行帯がない生活道路を対象に、自動車の法定速度が60km/hから原則30km/hに引き下げられた。一方、中央線がある道路や物理的に分離された道路では、引き続き60km/hが維持される。
移動のための道路と生活のための道路が、より明確に分けられた形だ。スマートフォンの使用による死亡事故率が不使用時の約3.4倍に達するなど、注意が散漫になりやすい現代において、30km/hを守ることは欠かせない(※道路標識などによって最高速度が指定されている場合は、その指定速度が適用される)。
法定速度の引き下げは、初期費用を低く抑えながら広い地域へ導入できる一方、警察による取締りや周知などの費用が継続して発生する。これに対してクルドサックなどの物理的な構造は、整備に費用がかかるものの、道の形そのものによって24時間にわたり進入や速度を抑えられるため、継続的な監視費用をほとんど必要としない利点がある。
行政が規則によって広い地域の安全を低い費用で確保する一方、事故の危険が高い場所には物理的な構造を導入して重点的に費用をかける。この組み合わせが、費用を抑えながら交通安全を高める施策となる。
クルドサックは、行き止まりの道をつくることにとどまらない。幹線道路では車の移動を優先し、生活道路は「通る場所」ではなく「居る場所」として安全を最優先にするという、道路の役割分担を進める有効な手法だ。
継続的な費用がかかる規則の見直しと、人のミスを許容して事故を防ぐ道の造りを組み合わせるやり方は、限られた行政予算で社会全体の損失を減らす現実的な方法として、今後の分譲地や住宅地でも導入が進んでいくだろう。
(2026/10/13 Merkmal 小鳥聖夏)